SNS絵描きの苦悩「自分と他人の評価のズレに戸惑う」

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創作系ユーザーが使うSNSで自分と他人の評価が一致することって稀なんだなあと感じることってありませんか。

いい結果が出たらもちろん嬉しいんですが、自分の努力が別方向に花開くケースが続くと、だんだん目指していたものがわからなくなっていきますね。
今も昔もだいぶ迷走しています。

気合の入れたキャラクターメインの一枚絵より適当に描いた絵のほうが評価されたりすると、自分の「スキ」が他者に好まれないものなのかと落ち込むこともしばしば。

手間暇をかけてどれだけ魂込めても外すときは外すんだなというのが私の場合、キャラクターメインの一枚絵に多い。

そういう瞬間を目の当たりにすると「見ている人にも楽しんでもらえたらいいな」という気持ちよりも「なぜウケなかったのだろう」と、答えの見つからない問いに苦しんだりすることもあります。

世の中の描き手たちはいったいぜんたいどういうマインドでSNSを使っているのだろうか。

私なんかはせっかちだからすぐに結果や反応がないと「ああ、ダメだったかぁ」とがっくりきてしまう。メンタルが弱っている時なんかは、新作を描こうと思っても「次もどうせダメなんだろ、ふん」とかぶつくさ心の中で文句を言いながら読書に逃避したりするので相当SNSに翻弄されているわけです。

重度のSNS中毒者がどの程度のものかはわかりかねますが、少なくとも人の反応を気にしすぎている時点でかなりSNSに依存していますね。

メンタルが弱っている時は不貞腐れるけど、それが回復すると「次はもしかしたらウケるかも」と思ってふたたびせっせと技術を磨きます。はたから見ると不健康的でマズイ循環ではあるけれど、SNSを使っていなかったころより画力は上がっているのは確か。

よく自己啓発系の本で、才能とは「自分が浸食忘れて没頭できるもの」「好きでやり続けていること」「気が付くとついついやってしまうこと」などがあげられます。

けど、「他者から評価されるもの」が「自分が没頭できるくらいスキなもの」と一致するとは限らないんだなと、イラストSNSを長年使い続けてみて気づいたことです。

才能と評価は分けて考えないといつまでたっても同じジレンマに苦しむハメになりそうなので、これは今現在絵を描いていて悩んでいる人にも伝えたいことです。

ただ、自分と他人の評価がズレることは悪いことばかりではないです。

自分が短所だと思っていたことが実は他人からすると魅力的に見えていた、ということがあったりするからです。

人から言われてはじめて気づくことって、自分の視野を広げるチャンスでもあります。場合によってはそれが武器となり、自分を支えてくれる土台にもなったりします。

これはもちろん「評価がもらえること」が前提になってしまうんですが、なにもSNSだけでなく、友人や家族に見せてもいいわけです。

今、SNSに投稿してもまったく評価されないという方は、あえて自分が苦手なもの、不得意と感じているものを描いてみるのもいいかもしれません(公序良俗に反しない範囲で)。

昔、友人たちにクロッキー帳を見せたことがあるのですが、見事に反応がバラバラでした。

自信をもって描いたものよりも隅っこに描いたオマケみたいな絵に興味を示していたり、たまたまいつもとは違うテイストに挑戦したものがその子にとって響く絵だったりしたので、引き出しを増やすという意味でもやる価値はあると思います。

お絵描きって描けば描くほどまだ自分が描いていない世界が見つかったりして、一生冒険できるものなのだなとつくづく感じます。

いつか自分のベストと見ている人の評価が完全に一致したら、それはとてつもなく素晴らしい経験になるのだろうと、想像するだけでワクワクしますね



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


※この記事は以前投稿した「博打と競争強制イラストSNS社会【風景画23枚】前半」と「博打と競争強制イラストSNS社会【風景画13枚】後半」というタイトルの記事から一部抜粋して加筆修正したものです。